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翔 ぶ 魚

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口笛病棟


子どもの頃、正規の通学路とは異なる小学校への近道で、精神病院の入院病棟のわきを通る道があった。
今では考えられないが、キチガイ病院と呼ばれていた。

遅刻常習者だったわたしは、親からも学校からも禁止されているこの近道を、まあ、よく通っていた。ほぼ毎日。
病院が何階建てだったのか今定かではないが、上から二番目、左端から三つ目の鉄格子の窓に、その人はいつも居た。

口笛おじさん。

時々見かける他の朦朧とした感じの入院患者とはちがい、そのおじさんはいつも狂気を感じさせないのんびりとした笑顔で窓の外を眺めていて、わたしが通るとピル〜ピル〜と、とても上手な口笛を吹いた。孫に自慢するおじいちゃんのような気安さで。

小鳥のさえずりの模倣、ビバルディの春のメロディ。ハレーションを起こしたように露出開放気味の白っぽい朝日の中で、笑顔のおじさんがピル〜ピル〜だ。なんてのどか光景。鉄格子を除けば。
そのおじさんは、おそらく子ども好きで、他の小学生が通るときもそうやって口笛自慢をしていたのだろうと思う。
しかし、わたしがそこを通る時には大概一人だったので、こちらの感覚としては常に一対一だった。
自分は選ばれたのだ、と、うれしく思っていた。だからいつも目礼した。手を振るのはやり過ぎだと子ども心に思っていたのだ。ただ、ちゃんと聴いている、そして共感している、と伝えたかった。笑顔の無い子どもだったので、笑うわけでもなく見返して目礼。充分、通じ合っていた。

ある日、いつものピル〜ピル〜にわたしは目礼を返さなかった。
遅刻がさらに遅れて急いでいたのか、選曲が気に入らなかったのか、いじわるな気持ちが湧いたのか、今となっては覚えていない。ただ足早に通り過ぎ、背後で鳴り続ける口笛を聴きながら、イライラしたことは覚えている。
そして勝手な気まずさから、その後その道を通るのを止めてしまった。

何週間か、何ヶ月か、しばらく経ってから通った時に、おじさんはもう窓枠の中にいなかった。
己ごときの目礼が何ほどのものかと思う。おそらく、あのおじさんはわたしの目礼など何とも思っていなかった。


…それでも、だ。

こうして今でも思い出す。
切ない、拭いきれない自分勝手な罪悪感とともに。1度くらいピルーっと吹き返してみればよかった。







by omifish | 2014-02-12 18:10 | white>black
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