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翔 ぶ 魚

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vol.111 二度とたどり着けない場所 望郷編

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二度とたどり着けない

たしかに存在したはずなのに
もう一度訪れようとしても
二度とはたどり着けない場所というのがある。

ワタシも子供の頃は割と日常の出来事としてあった。
まあ、今よりも更に方向感覚が鈍く
ましてや地図なんか大人のものだと思っていた時分のことだから
近所に犬の散歩に出るだけで迷うなんてことも頻繁にあり
「二度とたどり着けない」のは
ファンタジーでもタヌキのいたずらでもなんでもなく
そうした、ただの「迷子」の延長線上にあった気がする。

ファンタジックでもミステリアスでもなくても
「迷子」はただそれだけで楽しかった。
むしろすすんで「迷子」になっていた。
知らない町の夕暮れの中で途方に暮れるのが趣味だった。
(…いやいや。子供って結構みんなネクラだよねぇ。)

岐路に立ったら知らない方へ進み
路地は躊躇なく狭い方を選びごんごん進んで行く。
足下をシダが覆う日の射さない石畳の路地や
茂った蔦で続く先の見えない階段なんかは
恰好の「迷子」の入り口に見えて
内心くふふとなりながら足を踏み入れた。
顔もぐふふとなっていたことだろうよ。

期待の大きさの割にはすぐに行き止まったり
そのまま民家の入り口になっていたりして
案外ちゃんと「迷子」になるのは難しかった。
だからこそ自分の読みが当たって
いい感じに知らない道が続き
ちゃんと「迷子」になれた時の達成感はひとしおであった。

知らない町で見慣れない空を眺めながら
「あーあ。ここ何所だ?」と思いながらも
ぐふふとなっていた。

「迷子」に最適なのは晩秋から冬にかけての夕刻だ。
緑濃い夏もそれなりにいいが、
入道雲など出ていると方向の指標になってしまうので
純粋に迷えないし、いつまでも明るいので焦燥感が薄い。
春や初秋は樹木が香っていい気分になり
ついつい樹巡り散歩で終ってしまう。
冬の夕刻の遠いんだか近いんだか曖昧な空こそ
迷子にはよく似合う。

所詮子供の足で回ってる範囲なので
迷子になっているつもりで徘徊してると
ふいに知ってる所に戻って来てしまったりする。
そんなあっけなさも、またそれはそれで
点と点が繋がるような発見感覚がして楽しかった。
ただし、
すぐにはそこがよく知った町だと気が付かず
それこそよく知っているはずの町の
道幅や空の高さがいつもと微妙に違って見えて
はてさて、ここは本当に何所だろう?
本当にあのワタシの住む町だろうか?
よく似たまったく違う場所じゃなかろうか?と
奇妙な感覚を味わったものだ。
実寸模型っぽいというか
鏡像っぽいというか
何か嘘っぽくてよそよそしい感じ。
じんわりと不安でどきどきし
本当の「迷子」の心持ちになった。

あの、「知っているのに知らない町」に
時々無性に行きたくなるのだが
それこそ、二度とはたどり着けないのだ。

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ま、今でも趣味変わってませんが。…相当ネクラ?
てか、ネクラってもしかして死語??
次回は本当に「二度とたどり着けない場所 ミステリー編」

by omifish | 2007-11-01 17:21 | white>black