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翔 ぶ 魚

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またもや小説離れ中


最近の読書。ほとんどが随筆やエッセイ。
そういえば、随筆とエッセイの違いってなんですか。同じものですか。コラムはどうですか。…いえ、今さらこんなこと聞くの恥ずかしいんですけれどね、誰か教えてくれないでしょうか。


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「柿の種」の寺田寅彦さんは、明治から昭和に生きた戦前の物理学者です。
寺田寅彦…昔、誰かに勧められて手帖にメモした記憶が…。それを先日書店で見かけ、手に取ったもの。
俳人でもある著者が、友人と出した句集に寄せていたごく短い随筆を集めた随筆集。
すんなりした文体。物理学者の目と俳人の目を併せ持った視点は、クリアで余分なものが削ぎ落とされているのに、無機質ではなく、読んでいてはっとさせられました。
関東大震災後の焼け跡に萌える新緑、皮膚病病みの父と無垢な幼子の親子、省線電車渋谷の忠犬ハチ公の死…。
また、風邪ひきの病床から窓の外のトンボの飛翔を観察する静かな目など、一人の時間を切り取ったものには、しんとした心持ちで共感してしまいます。
かなりおススメ。そしていつか教えてくれた人、誰だか思い出せませんが、ありがとうございます。


酒井順子さんの「本が多すぎる」はとても分厚く、内容もすんごく充実!な読書エッセイ。
寝る前にすこしづつ読んでは、まだ見ぬ素晴らしい本たちがこんなに…と、自分もそれらを手にとる期待でそわそわしたり、それこそ「多すぎる」とその果てしなさに呆然としたり。
いやあ、きりがないですね。途方に暮れますね。


「蘇る変態」エッセイ。白地に黒でデカデカとタイトル。
…なぜ、わたしは書店カバーを着けてもらわなかったのか。買えば即読みという自分の性を熟知しているはずなのに。しかし誘惑に負けて電車内で読んだ、ある意味勇気ある自分ですよ。
著者である星野源さんの音楽は、実はわたしは良く知らなかった。家人が時々買ってくるTVブロスという情報誌に、Y.M.Oの細野晴臣さんとの対談が乗っていてぱらぱらと読み、SAKEROCKというバンドを組んでいて、役者もやっている若い人というぐらいの認識だった。この本も家人にと思って買ったのだが、この方文章上手で驚きました。面白い。是非音楽の方も聴いてみよう。
※俳優業で童貞の青年役が多いので若いと思っていましたが、30歳は越してるようです。…そんなに若く無かった。


またもや小説離れ中なのだが、なんかちょっとは小説読もうと思って買った。
「果てしなき渇き」ミステリー(?)。
読後感が悪い。救いようの無い暗さです。ただ、途中で止められませんでした。内容のエグさ、残虐な描写に嫌悪感を抱きながらも展開に一抹の救いを求め、物語の疾走感につられ、最後まで読み切ってしまった。それは、小説として面白いということなのかもしれません。
ですが、好きか嫌いかと問われれば、はっきりとわたしは嫌いです。これは、どこまでもひとりよがりな男たちの話だよ。今回感情移入できる登場人物が男女ともに一人もいなかったわ。
救いの無い犯罪ものというところでは、湊かなえさんの「告白」を思い出しますが、あれは嫌悪感を抱きつつもとても面白いと感じられたのだがなあ。ただ単にわたしが女だからでしょうか。





by omifish | 2014-07-03 03:37 | 本・映画
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