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翔 ぶ 魚

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vol.115 『銀の匙』から甘納豆

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久しぶりに長いし
独白的な「本」の話なんで興味の無い方は御免。

読書好きを自認して吹聴しているくせに
古本の街神保町に縁の無かったワタシは
いい歳した大人であるにも関わらず、
また近くには足を運んでいたにも関わらず
その街を知りつつ訪れることも無く
先日ようやくゆっくり訪れたのだ。ばか?
恥ずかしいってこうゆうこと?
ま。で、案の定、ウハウハのお目々キラキラになり
なんだって面倒くさがらずにもっと早く来なかったんだ!と
散々自分をなじったりしましたさ。

ああ。至福の一日だったなあ。
今後はもっと通うよ。

まあ、もともとマニア気質成分はゼロに近く
稀本とか初版本とか
プレミア要素が付加されたものにはとんと疎いのだ。
本に対しても「読む」という行為以外の価値に
高い金を払う気はあまり無く
(払う高い金も持ってないし)
しかもあまりのその街の古本の蔵書量に気圧されて
ターゲットを「子供の頃読んだ単行本」の「文庫版」に絞って探索。

『メアリー・ポピンズ』シリーズ
『プラテーロとわたし』
『たのしい川べ』
『クレヨン王国』シリーズ…
ま、神保町ビギナーのワタシでは児童書はあまり探せなかった。
無念。

そんな中で児童書では無いが中勘助の『銀の匙』が
安価で買えたのはとても嬉しかった。

ませた子供にありがちな
自意識過剰でいっぱしの大人ぶった(実はガキ丸出しの)
意味も分からず心理学書や天文学、
考古学、民俗学の本を読んでは悦に浸ってるような
鼻持ちならない子供だったワタシは
大人が書いた「子供目線」の本が好きでは無かった。
媚びたように純真無垢な子供像をあおる本も、
ことさら子供特有の残虐性や若い性をうたった本も
「は?」てな感じだった。
大人になってからも割とそういった本は「は?」だった。

そういった意味では中勘助の『銀の匙』も
いかに「大人が書いた子供目線」では無く
「子供目線」の秀逸だと言われていても、ワタシとしては
装飾された後付けの記憶表記に「は?」の
入り込む隙間はあったのだが…

…老人に弱いのだ。
あまたある本の文章の中の老人と子供の交流がどうしても
琴線に触れてしまうのだ。なんでだ?

『銀の匙』では作者の幼少の頃の面倒見役だった伯母との
交流よりも、近隣にあった寺の(記述の少ない)老僧との
かすかな交流が胸に残ったし
老いた伯母と青年になってからの作者の訪問記のがぐっとくる。

現代の作家さんでは
梨本香歩さんの「西の魔女が死んだ」とか
湯本香樹実さんの「ポプラの秋」「夏の庭」とか…
長嶋有さんの作品も(老人じゃなくて大人と子供だけど)
子供目線表記に関しては相変わらず
「…本当にその時分にそう思ったかな。」と思うところもありつつも
どうにも好きなんだ。大好きなんだ。

ワタシの亡き母方の祖父は
洒落者でブラックユーモアにも富んだ人だった。
今、話がたくさんしたいけれど鬼籍にいるので無理な話だ。
祖父は自分の手の爪をマジックで黒く塗って
その手を握りこぶしにして孫の前にかざし
「甘納豆をやろう」とよく言った。
甘納豆なんて当時のワタシの時分にはとうに
古くさい老人菓子だったが
祖父が大好きだったワタシは喜んで
両の手を差し出し「いる!」と偉そうに言った。
祖父がぱっと手を開くとそこには何も無く
ようは祖父が黒く塗った爪が
握った手の中でチラリズム効果を発揮し
甘納豆に見えたのだ。
しかも何度でもだまされた。ばか?
むむう。
だまされた自分が恥ずかしくて悔しくてウキーとなったことよ。

その、同じことをワタシは今したくてしょうがない。
歳の離れた一番上の姉の子らは
そんなのに引っかからないほど成長してしまった。
友人の子らが成長するのを待つか。。。
甘納豆はさすがにもうないか。
ん?今は何?チョコ?


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イケズって楽しいよね?
by omifish | 2008-04-07 17:35 | 本・映画
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